memo

2018年 7月//紙のお葬式

その日は雨が降った。晴天が続く初夏に久しぶりの大雨だった。
約束の時間は午前十時。片手に傘を持ちながら、自転車に乗って出かけた。
職場へ着くと既にみんな片づけをはじめていた。
私たちの最後の仕事は、書籍の返品と、備品の整理と、店内の清掃。十二人は黙々と働いた。ときおり閉店告知を見損なったお客さんが来て、事情を知ると哀しそうな顔で帰っていった。

雨は激しさを増していた。
昼休みに弁当がふるまわれると、お葬式後のお斎みたいに昔話に花が咲いた。
携帯もテレビもインターネットもまだ発達していなかったころ、ここでたくさんの本を読んだ。愛や友情、恐怖と謎、歴史と社会、宇宙、自然、アンダーグラウンド、ファンタジー……この世に存在するもしないも、まさしく「すべて」がこの場所にギュッと凝縮されていた。

働いていた人たちは、小さなころからの常連さんばかりだった。本が必要となると真っ先にこの書店へ買いに来た。その時代に働いていた店員とも知り合いだった。月日が経つと、まるで任務を請け負うように世代が交代していった。店を辞めた先輩たちも頻繁にこの場所へ帰ってきた。
私はたまたまその歴史の中に十ヶ月間だけお邪魔させてもらったに過ぎないが、今まで見てきたどの職場よりもお客さんとの繋がりを感じた。この場所には脈々と流れ続けてきた「血」があった。

雨は小雨に変わっていた。
午後も黙々と片づけをした。商品POP、ブックレット、付箋、名刺、メモ帳、ノート、出版社からの宣伝チラシ、書店名の入ったブックカバーをゴミ箱へ捨てる。過去働いていた人の名前が書かれた私物が出てくる。それも捨てる。2003年から始まった、連絡ノートが十冊出てくる。それも捨てる。「○○さんに新刊入荷の連絡をすること」。それも捨てる。
するとすっかり低くなった紙の山から黒い箱が出てきた。何百何千という紙に生命を与えてきたプリンターはずっしりと重く、持ち上げるとき腕が震えた。燃えないごみの袋へくべる予定だったそれを、私は記念にもらい受けた。

雨はすっかり止んでいた。
通り雨でしたね、と誰かが言った。
外へ出ると雨水で蒸された、アスファルトのにおいが立ちこめた。
プリンターを自転車の後部座席にくくりつけ、同僚たちに別れを告げた。気の合う人も気の合わない人もいたけれど、好きなものは同じだった私たち。みんなと笑顔でお別れした。

長い坂道を、ゆっくりと自転車で下ってゆく。
雲の切れ間から細い光の筋が降る。水たまりに油が溶けて七色に光り、どこからかこぼれた洗濯洗剤の良い匂いが香っている。
そうだ、とわたしは思った。
そうだ、今日のことを記録しよう。私の後ろで、カタカタと揺れているこのプリンターを使って。
真っ白なA4用紙に、くっきりした黒インクで。
たくさんの夢が生まれた場所、今はもうないあの書店に敬意を込めて。

2018年 5月//恐怖体験

学生のころ自転車を停めていた駅前の駐車場でちょくちょく盗難があった。
電車に乗り込むために焦って自転車の前カゴへ物を置きっ放しにしたら最後、帰宅時には無くなっているといった具合。まあ学校に行っている半日以上放置されてるんだから当たり前なんだけど、絶対に盗まれないであろうコピーしたCDとか、ブックオフで100円だった文庫本なども盗まれた。
とにかくそこに物があれば手当たり次第という感じ。

まあこのケースは自分の落ち度であるから仕方ないものの、しっかり鍵をかけた自転車さえ盗んで行くのだから手に負えない。ちょうどそのころ新品の自転車を買ったばかりで、ピカピカ光る銀色のボディは乱雑に停められた自転車置き場の中でも一、二番目に目立っていたから、なんとなく嫌な予感はしていたんだけど。
母親からはなるべく自転車置き場の奥の目立たない場所へ止めるように、自転車についた鍵と、予備のチューブ型のキーロックを使って二重に施錠しておくようにと言われていたけれどたまたま急いでいるときに忘れてしまって、盗人の方もちょうどそんな魔が差した瞬間を狙って盗むんだからすごい。

その日はチューブ型のキーロックを掛け忘れてしまっていて、自転車に元からついていた輪っか状の鍵を掛けていただけだった。

停めたあたりの場所を1時間探しても見つからず、2時間経ったころには辺りも暗くてへとへとで、仕方なく家族に電話を掛けて迎えに来てもらった。ついでに近くの交番へ寄って、被害届も出した。
盗難された自転車って見つかりにくいらしい。たとえ見つかったとしても犯行現場からだいぶん離れた場所でボロボロに乗り捨ててあることが多いとか。
自転車ドロボーは目的地へ向かうための足にその辺にある自転車を拝借して、目的地の近くについたら置き去りにしてしまうからだ。
それならわざわざ新品の自転車を盗っていかないでくれと思ったけれど、こぎやすそうな新品の自転車が甘い鍵の掛け方で置いてあったら目をつけられるに決まっている。

かなり望み薄の状態で、二週間も経つ頃には新しく自転車を買い換えようかと考えていたところへ、お巡りさんから「近所の人が自転車を拾ったから取りに来て欲しい」と電話が。
自転車に書いてある名前や、登録された番号からわたしの物だと分かったそうで、拾い主の家の住所を書き留めて母親と自転車を取りに行った。
ご親切に警察へ連絡下さったのだからとお礼の菓子折を持ち、自転車を運びやすいよう軽トラで。

さてここからが怖いんだけど、警察から聞いた拾い主の住所はかなり入り組んだ住宅街の細道にあって、20分くらい迷った挙句、家を見上げて目を疑った。

その家は庭中をゴミに囲まれたゴミ屋敷だったのだ。

ゴミさえなければごく普通の一軒家。庭も割りかし広くて、敷地に入ってから玄関のインターホンを押すまで10メートルくらい距離がある。その余白すべてがゴミで埋まっている。
ゴミ屋敷といっても、その家の敷地に積み上げられていたのは冷蔵庫とか電子レンジといった粗大ゴミが多く、もちろん粗大ゴミの合間に細々とした生活用品も落ちているんだけども生ゴミくささはあまりしない。
その家の玄関からは収まり切らないごみ袋が顔を覗かせていて、窓やベランダといった家と外を隔てる境界線はゴミ袋が押し合いへし合いしていて薄暗く中も見えない。

こんなところにわたしの自転車があるのだろうかと辺りをよく見回すと、確かにわたしの自転車があった。
サドルと前輪が切断された状態で。

前輪のタイヤが無くなっていたので、わたしの自転車は土下座するように前に傾いていて、確かに二週間前にはピカピカしていた骨組みの部分はところどころ錆付いて歪んでいた。

門戸を叩いて感謝の菓子折を渡すどころではなく「ヤバいこの家ヤバい」と連呼しながら自転車の残骸をトラックの荷台に積みながら、これはすごい暴力だな、と強く思ったことを覚えている。

あのときわたしは自転車とともにすごい暴力を受けたのだ。
透明な暴力。痛くないけど痛い暴力。

あの家の人がゴミ拾いが趣味でたまたまボコボコになって捨てられていたわたしの自転車を拾ってきた可能性もないではなかったけれど、なんとなくその可能性は低い気がする。
根拠はないけど、あの場にいた雰囲気で、絶対にこの家の人がわたしの自転車を壊したんだと思った。
ゴミ好きの人がピカピカの自転車をゴミにするために前輪を切断したりサドルをもぎ取ったりしてゴミ化することは分からないでもないんだけれど、食い散らかした自転車の残骸を引き取りに来いと連絡をしてきたことだけは今も理解できない。

ただあれは、法でしばかれない究極の暴力の一つだと思っている。

 2018年 3月//ノスタルジック、始めました。

「冷やし中華始めました」のニュアンスで。

一昨年の10月くらいに書いていた小説ですが、ようやく公開の手はずが整いました。
「青春ノスタルジック」というライトノベルです。
3月からカクヨムさんで、週二回更新です。書式を整えたらこちらのサイトでもアップする予定でいます。

青春ノスタルジック

いつからかネット上には「ノスタルジック画像」というジャンルが出来上がっていて、夏・学生・少年少女・青空・海などをモチーフにした絵や写真を披露する場が定期的に設けられています。
かく言うわたしも「ノスタルジック画像」のファンでして、これまでにたくさんの郷愁を催す風景を見てきました。
郷愁といっても、実際に目で見たことのある風景など一つもなく、ただ心が懐かしがっているだけです。「暮らしたこともないのに懐かしさを感じる」というのはノスタルジックファンの中ではよくある感覚のようです。

この気持ちは「インターネット・ネイティヴの心」というか、かなりライトな「集合的無意識」、少なくともその上澄みに近いんじゃないかなと考えたことがあります。
いわば本物の田舎を知らない、ネットを根城にするくらいの、アニメや漫画と共に育ってきた世代のアーキタイプというか……。

儚くて美しくて同じものを共有しているように見える、それらの画を見ているうちに、心の中に積み重なったイメージを物語にしてみたいと思いました。
物語にするというよりも、元からあるはずの物語をなぞっている感覚。
もともと純正オリジナル作品なんて書けませんが、今回の作品はましてオリジナル要素は薄く、たくさんのアニメ世代の人と共有しやすいストーリーを目指してます。だから、ライトノベルじゃなきゃダメなんです……なんて、さっきから格調高いことばかり言っていますが、本当のところは、可愛い女の子が書きたかっただけです。
以前書いた長編小説がわたしの力不足で手に終えず、とにかく書いている間辛過ぎたので、今回は軽やかなお話を書きたいと思いました(ライトノベルというジャンルを軽んじているわけではないですよ、当たり前ですが)。

可愛く書けてるか分からないけれど、とにかく一所懸命やりました。
作品の製作過程や楽屋裏を語るのはすごく恥ずかしいんで、今悶え死にしそうなんですが……この作品の「あとがき」程度に受け取っていただければ幸いです。
宜しくお願いします。

 2018年 1月//天性の才能

野心を出さずに、柔らかな雰囲気と言葉遣いで、仕事を集めてきてしまう。欲望とか、思惑とか、本音とか、感情とかを、一切出さずに自分の行きたい方向へ人々を先導する力がある。
その人の側に集まっているのは、やっぱりオシャレな女性たちで、和を重んじながら、着実に分け前を狙っている。
その、才能のある人を中心に、にこにこした女性たちで構成された在るグループに所属していたことがあります。三ヶ月くらいかな。

その頃のわたしは、何を思ったのか自分の好きなことでお金を稼いでみたくて、仕事を取るために顔面が引きつるくらいにこにこしながら市内のあちこちへ出掛けていました。報酬よりも交通費の方が高くつくけど、次の仕事に繋がると思って打ち合わせをしていました。

すべてが終わったあとで、その女性は天性の才能を持っていたんだと気づきました。
飯の種の才能よりも、人から仕事をもらえる才能。礼節とピンポイントな柔和さと怒りとは程遠い雰囲気。
あのグループは、みんなのためにあるように見えて、本当はその人が仕事をもらいやすいように出来ていました。
だからたぶん、あの場にいた女性たちはあんまり稼げていなかったんじゃないかな。
そうでなければ、そのグループの中でたまたま仕事の電話が掛かってきたひとが、あんな風に大きな声で、丁寧すぎるくらい丁寧な言葉遣いで、まるで見せつけるようにクライアントと電話をするようなことはなかったと思うんです。

一回だけ、その人から直接仕事をもらいました。
その人が受けた仕事のアシスタントをしてもらえないかということで、場所も近かったし、気に入ってもらえれば別の仕事がもらえるかな、なんてうっすらした目論見を抱いて仕事を終えました。
その人は、その場で知り合った人からさらに別の仕事をもらっていて、帰り道にたまたま出会った昔の友達に自分の近況に交えて仕事の話をし、名刺交換したあとで、駐車場に向かおうとして、「あっ!」と気づいてにこにこしながら日当をくれました。その仕草がまた感じ良くて、わたしもにこにこしながらその人と別れました。
「ああ、やっぱり彼女の対人技は才能だったか」と思いながら。
それから自然とグループの集まりには出なくなって、技術でお金を稼ぐことにも特に興味がなくなり、フェイスブックの更新もしなくなってしまったんだけど(笑)

腕前ではなくて、対人技。

営業職や人に会う仕事をこなしまくって身につけるものを不思議と最初から持っている人がいる。IT系とか、パソコンの画面を見ながら仕事をする人に多いように思います。
そしてやっぱりIT系の人で、そんな風な身のこなしを目指している人にも何人か会いました。
わたしは、彼女のそつのない神業を見てしまったために、その人たちの気が緩んだときに見せる野心や、肩書きの高い人に反応する癖や、誰か紹介してという遠回しな言い方に結構気づく方なんじゃないかと思います。
悪いことじゃないけれど、もうその世界には興味がないし、コネもないし、何より楽しいこともないのににこにこすることは出来ないので、そういうときは距離を置いて見ているか、話題を変えることにしています。